お使いのブラウザを更新してください。

Internet Explorer 8.0以下でご覧いただくと正常にページが表示されません。
最新のバージョンにアップデートしてご覧ください。

しょうばら里山スタイル

里山スタイリストとは

その土地の自然と、人のつながりに支えられながら、マイペースで里山の暮らしを楽しむ人のことを、ここでは里山スタイリストと呼んでいます。外から移住してきた人はもちろん、その土地でずっと暮らしている人も、里山スタイリストです。自分が暮らす場所に愛着を持ち、そこでちょっぴり役に立ちたい、将来に向けて何かしたい、そんな事を考えている人たちをご紹介します。

上田 千絵さん
上田 千絵さん

口和町へ2015年に移住してきた千絵さん。結婚、出産、子育てといった人生の大切な節目をこの町で経験した。「人情味あふれる人たちばかりで、わからないことは教えてくれるし、お裾分けも頻繁にしてくれるのでありがたい。息子の成長も孫のように見守ってくれています」と地域の方と交流を深め、すでに里山での生活をしっかりと送っている。大学在学 ...

もっと見る


松本 晋太さん
会社員松本 晋太さん

「車で移住先を探している時に、ここだ!と思ったのが庄原でした」と庄原市の西部、三次市との境に位置する口和町で暮らす松本さん一家。庄原市に親族がいるわけでもなければ、転勤でこの地を訪れたわけでもない。口和町に無縁だった松本さんがここで暮らすことになったきっかけ、それはまずこの風景を気に入ったこと。「長女が生まれたときは神奈川県に ...

もっと見る


伊藤 めぐみさん
カフェ モルモル オーナー兼プロダクトデザイナー伊藤 めぐみさん

「15歳の頃に飛び出した田舎をこんなにも好きになれたのは、温かく迎え入れてくれたこの町があったから」。穏やかな笑顔でそう話すのは、庄原市で『カフェ モルモル』を営む西城町出身の伊藤さん。とにかく都会に出たかったと高校入学を機に祖母が暮らす大阪へ。関西の高校、大学を経て、木工デザインを学ぶためスウェーデンの大学院へ留学。卒業後 ...

もっと見る


前田 賢治さん
まえだ農園 代表前田 賢治さん

見渡す限り広がる田園風景の中に、太陽の光でキラキラと輝く7棟のビニールハウス。庄原市の北部、高野町在住の前田さんが脱サラして始めたトマト農場だ。会社員時代、三次市への転勤を機に、結婚して間もなかった妻の智永さんと広島市内から高野町へUターン。忙しい毎日に追われながらも地元で農家を営む同級生たちと集う時間を持ち、そこで聞く「も ...

もっと見る


中村 遊さん
P-SPACE 代表中村 遊さん

『日本全国どこにいても、仕事はできる』。近年、注目を集めるワークスタイル。「どこで」ではなく「何を」するかに重点を置き、ふさわしい場所で仕事をしようという流れがある。約15年前にこの考えに辿り着き、庄原市でソフトウェア開発をスタートさせ、日本全国に発信しているシステムエンジニアがこの町にも。中村さんは、福岡県の大学院を卒業後、 ...

もっと見る


栗栖 伸明さん
あちゅらむオーガニックファーム栗栖 伸明さん

島根県と鳥取県との県境に位置する西城町。町内には豊かな自然の地形を生かした3つのスキー場、キャンプサイトや宿泊施設完備の「県民の森」があり、庄原市のアクティビティスポットが点在。栗栖さんは、2012年にこの町に農園を開いた。2015年、自身も心豊かな暮らしを求めて広島市内から移住。職業は農業と飲食店経営で、肥料や農薬を使わず、 ...

もっと見る


菱 千尋さん
ふくふく牧場福元 紀生さん

「自然の中で、未来につながる仕事がしたい」という思いから、福島県いわき市で牧場を経営していた福元さん夫妻。しかし東日本大震災と原発事故により、福島を離れることに。ジャージー牛と羊、鶏、そして犬と共に広島県三次市へ避難し、住まいと牛の放牧地を探していたところ、縁あって庄原市口和町を紹介される。事故の被災地からの移住とあって、動 ...

もっと見る


菱 千尋さん
まなびやcafe手島 亜希さん

廃校となった小さな小学校を整備し、そこで「まなびやcafe」を営む手島亜希さん。環境造形デザインなどを手掛けていた夫・秀作さんが、アトリエを兼ねた広い住居を探していた時に出会った物件で、当時の定住推進担当の職員が親身になって対応してくれたことが決め手となり、大阪から移住してきた。もともと田舎暮らしを望んでいた手島さんは「小学校に ...

もっと見る


菱 千尋さん
暮らし宿 お古菱 千尋さん

庄原市街地から車で約20分の山里。鳥のさえずり、川のせせらぎの優しい音が鳴り響く中、木々がいつの間にか作った葉っぱのトンネルを抜けると菱さん家族が暮らす一軒家がある。築100年の古民家は、かつて千尋さんの祖父母が暮らしていた。千尋さんがこの地に想いを馳せたのは、東京で暮らしていた時。「もしこの便利なライフラインが止まったらど ...

もっと見る